宮城、荒浜から世界へ!音楽家 佐藤那美が紡ぎ出す音の世界。【オトアルキ】

オトアルキ

素敵な音楽を皆様にご紹介するマチプラ企画、オトアルキ。
本日は地元仙台出身の佐藤那美さんをご紹介です!今回はなんとメールインタビューもありますので、佐藤那美さんの思いをぜひ感じて下さい。

まずは、こちらより佐藤さんの音楽をどうぞ。


@Dan Wilton

【プロフィール】
佐藤那美 / Nami Sato 音楽家。
1990 年生まれ。宮城県仙台市荒浜にて育つ。活動拠点を仙台に置き、 フィールドレコーディング、エレクトロニカ、アンビエント、ストリングスなどのサウンドを 取り入れた楽曲を制作している。東日本大震災をきっかけに音楽制作を本格的にはじめ、 2011 年 ミュージシャン七尾旅人主催の DIY HEARTS にてミニアルバムを発表。 2013 年 震災で失われた故郷の再構築を試みたアルバム “ARAHAMA callings” を配信リリース。 2018 年 “Red Bull Music Academy 2018 Berlin” に日本代表として選出。 2019 年 6 月 28 日 ロンドンを拠点とするレーベル THE AMBIENT ZONE より EP “OUR MAP HERE”をリリース。。

Twitter: https://twitter.com/o0nami0o?lang=ja
Facebook: https://www.facebook.com/nami.sato.98
Instagtam: https://www.instagram.com/10jikannetai/

聴いていただけばわかると思うのですが、佐藤さんの紡ぎ出す音楽はフィールドレコーディング(スタジオ以外での録音)を取り入れているので音楽を聴いていると、様々な情景が浮かんできます。その情景は聴いた人それぞれの景色となり、心に響いていく。

今回、『Our Map Here』が日本だけではなく海外のレーベルからリリースした事を受け、せんだいマチプラではメールインタビューをさせていただきました。

音楽家 佐藤那美の思いをじっくりとお楽しみ下さい。

佐藤那美メールインタビュー

ー今回のアルバムはフィールドレコーディングを多く取り入れていますが、どういった思いで今回『Our Map Here』 を制作したのか教えて頂けますか?

佐藤:今回のミニアルバムに収録された5曲は、そもそも仙台市市営地下鉄東西線荒井駅に併設されている施設「3.11メモリアル交流館」の2017年の企画展示「みんなでつくるここの地図」会場音楽として制作されたものでした。

5つの地域を歩き、それぞれの場所で音を録音し、それらの素材を基に音楽を構築しました。

作品をつくる上で最も大事にしたのは、当時メモリアル交流館のスタッフをしていた田澤紘子さんの「被災地を指して『あそこは津波で流されて何も無くなってしまった』と語られることがあるけれど、決してそうではない。その場所に住み続けることを決めた人、地域を盛り上げようと活動を続ける人、植物の芽吹き、動物のざわめき、毎日あたらしいものが生まれ続けている」という言葉です。この言葉が作品のスタートであり、そして全てでした。

ー2018年にはRed Bull Music Academy 2018 Berlinの日本人代表として参加されていますが、その経験は今回のアルバムに大きな変化をもたらしましたか?また海外のアーティストとの交流によって感じた事、気付かされたことなどありましたら教えて下さい。
※Red Bull Music Academyとは?
レッドブルが主催する音楽学校。世界から選ばれた音楽家が集まりレコーディングやセッションなどを行う。

この作品自体はRBMAに参加する前につくったものなので、直接的な影響はほぼありません。しかし、音楽的/環境的に様々なバックグラウンドを持つ音楽家たちと接した経験によって、音そのものに対してや、異なる文化に対する捉え方が大きく変化しました。それは他者に対してだけではなく、自分がつくるものに対してもです。

また、デトロイトテクノのレジェンドであるマイク・バンクスはRBMAのレクチャーにおいて、わたしたちにこう語りかけました。

「きみがもしテクノミュージックをやっていて、ベルリンに移住することを考えているなら、それは遅すぎる。ベルリンにはすでに巨大なテクノミュージックのシーンがある。きみはきみの住む町で、きみの文化と、きみの音楽をつくれ」という言葉です。すべての参加者が彼の言葉に胸を打たれていましたが、当時レーベルとの契約が進行途中だった’Our Map Here’にとって、そして日本の地方都市で音楽をつくり続けてきた自分にとって、この言葉には本当に勇気づけられました。今でも、そしてこれからもお守りのように大事にしていく言葉だと思っています。

RBMAに参加した時点でマスタリング前の音源はほぼ完成していましたが、意味づけにおいては大きな変化あったと間違いなく言えると思います。


@Dan Wilton /ベルリンでのライブ中の佐藤那美

ー佐藤さんの楽曲はどの曲もノスタルジックだったり、聞いている人を優しく包みこむ優しさがあふれているのですが、今回Gamouという曲が今までの曲と雰囲気が違っていたのですが、この曲はどのように生まれたのでしょうか?

‘Gamou’は、仙台市宮城野区蒲生地区で開催された日和山の山開きイベントに参加して録音した音からつくったものです。日和山は日本で最も低い山として認定されている山であり、震災前から親しまれていた地域のシンボルなんだそうです(ちなみに荒浜に住んでいた小学生の頃、家族と「登山」しに行った記憶があります))。

毎年、富士山の山開きに合わせて開催されていて、つまり日本一低いが故にいつも開かれているので「山開き」する必要のないところを、山開きするぞ!という、東北にはあまり無いノリのユーモアに溢れるイベントでした。もちろん山開きなので、熊に警戒しようと熊よけの鈴をつけた参加者が多くいてそれがとても美しく響いていたのと同時に、熊よけの鈴という山側の音と、沿岸沿いの波の音が重なり、場に良い意味でバグが生じていて。それがとてもおもしろかったので、出来上がる音楽にも空間的/時間的バグというか、浮遊感を持たせたいなと思って制作にとりかかったのを覚えています。

冒頭から続く和太鼓の音は、同じイベントの開会式内で演奏された「中野小太鼓」の演奏です。地域の文化として受け継がれてきた子供たちによる和太鼓演奏は、ローカルのコミュニティの象徴として感じられました。結果として不思議なアンビエント寄りの音楽が完成しましたが、「今までとは違うものをつくるぞ!」という意気込みからはじまったものではなく、録音した音源やその場で感じたことと対話した結果あのような音楽が出来上がった、という感じです。

ー今回、ロンドンを拠点とするThe Ambient Zoneから『Our Map Here』をリリースされましたが、
リリースが決まった時の心境を教えて頂けますか?

作品が完成し、企画展が終わったすぐ後の秋に、わたしの活動をサポートしてくれている仲間に「この作品を海外のレーベルからリリースしたい」と言ったことを覚えています。それは、外の視点からみて絶対に価値のあるものをつくったという確信があったからです。

そして、これまで旅と音楽を通してその土地の文化や人から大きな学びを受け取ってきたので、今回の作品を聴いてくれた他者にとっても、わたしが訪問した土地がそういう場所になって欲しいと思いました。いつか、わたしの音楽を聴いてくれた知らない国の誰かが、仙台の沿岸沿いや、ひいては震災そのものに対して興味を持って、東北を訪れてくれたらいいなと思いました。

言語の壁や文化の違い、様々な問題がありましたが、今回リリースしたレーベル THE AMBIENT ZONE から連絡が来たときは本当にうれしかったです。「最もローカルなものだけがグローバルになれる」というのは大学の師の言葉ですが、それを信じてがんばってきてよかったなと思いました。思い描いた未来が、理想的なかたちで叶った瞬間でした。

ー荒浜出身という事もあり、宮城県内で佐藤さんのファンの方もたくさんいらっしゃいます、
最後にファンの方にメッセージをお願いします。

音楽を辞めたいと思う瞬間が今まで何度もあったし、これからもあると思います。それでも続けてこれたのは、続けていけるのは、音楽を聴いてくれて、応援してくださってるみなさんのおかげでしかありません。あなたの言葉に救われた夜がいくつもあります。まだまだぺーぺーですが、いつかあなたに「応援してきて本当に良かったな」って思ってもらえるように、精進していきます。これからも一緒に世界を美しくしましょう。


@Yurie Kanno /フィールドレコーディング中の佐藤那美(クロアチアにて。)

メールインタビューではありましたが、ひとつひとつ丁寧に答えていただき、佐藤さんの人柄が伝わってきたインタビューだったと思います。震災の記憶は辛く多くの人々に傷を与えましたが、そこから立ち上がって生きていく人間の強さも同時に感じます。

震災に対して思う事は色々ありますが、これから先も音楽家 佐藤那美が素晴らしい作品を産み出してくれる事を楽しみにしています。

せんだいマチプラは音楽家 佐藤那美を応援しております!