これぞ仙台歴史ロマン★羽生結弦選手が演じた陰陽師の子孫が仙台へ来ていた!?【宮城歴史浪漫シリーズvol.01】

歴史

はじめまして。今回よりライターとして参加させていただく、星の街の使者ユーホーです。

私は宮城県の歴史を研究しています。だれも知らないかもしれない史実を発見した時は、えもいわれぬ快感にひとり打ち震えています。

伊達政宗公や仙台を愛するみなさまに、限りなく史実に基づいた仙台ファンタジーをお届けにやって参りました。

目からうろこがザリザリと剥がれ落ちるかもしれませんので、受け皿をご用意ください。

では、いぎなりですが…

仙台城本丸を起点として配置された伊達家の主要神社を線で結ぶと、みごとな六芒星が浮かび上がってきました。

発見者は、平成の陰陽師イナベノ晴明。平成5年のことでした。(*筆者は師匠の一番弟子で修行歴10年)

六芒星とは

ユダヤ教では神聖な図形としてイスラエルの国旗にも描かれ、「ダビデの星」と呼ばれている。

日本でも古来から魔除けとして用いられ、伊勢神宮周辺の石灯籠に籠目紋が刻まれているのは有名。

陰陽道では陽の星を五芒星、陰の星を六芒星で表し、どちらも様々な霊的攻撃から守るために使われてきた。

この星形をよくよく観察してみれば、左に15度傾いており、その傾きに沿って主要道路が作られ、町割りがなされていることが、一目瞭然でしょう。

青葉神社と愛宕神社を結ぶライン上に、国分町の通りがきれいに重なりますが、この通りは当時のメインストリートで奥州街道でした。

仙台城本丸と榴岡天満宮を結ぶラインには、柳町通りがピタリと重なりますが、この通りは直線的に城下へ入ることができないように作られた道路です。

六芒星の中心は、国分町通りと定禅寺通りの交差する、現在スクランブル交差点の地点です

 

つまり、定禅寺通りはこの星形の中心を、東西に走っています。そしてその先を西にのばしていくと伊達家の氏神である亀岡八幡宮に当たります。

「そんなのただの偶然だろ」とおっしゃる方も時々いらっしゃいますが、そうかもしれません(エッ)

しかし、この図形がこのあと次々と他県を巻き込んで、つながりを見せていくことになるのですよぉ(ヘー)

「でも、それがどーしたの?」とおっしゃる方もたまにいらっしゃいます。たしかにそうなんですよ(ウン)

私も最初は全く興味が無かった分野でしたから、「へーすごいね、で、だから?」と恐れ多くも師匠に向かってほざいていました。

しかし、あるとき’スイッチ’が入ってしまったが最後、この六芒星が意味する無限の神秘に取り憑かれてしまいました(ホー)

歴史好きもそうでない人も、伊達政宗公が遺した壮大な歴史ロマンをお楽しみくだされ。スイッチ・オン!

【結界】

この物語は、27年の歳月をかけて個人研究が続いていますが、六芒星に関しては結論から言ってしまうと、結界と思われます。

昔は、都を作る時には陰陽寮(国の機関)に所属する陰陽師が、怨霊悪霊や魑魅魍魎(ちみもうりょう)から城下を守るために、祈祷や呪術を施したのです。

電子機器を使い慣れた現代では、とても信じられないことかもしれませんが、昔は、攻めてくる敵は実体のあるものとは限りませんでした。

平安京も江戸も、城下に結界を張り、城の表鬼門と裏鬼門に神社仏閣を置いて、’鬼’が侵入してこないように万全の体制を作り上げていました。

徳川家康公(with天海)は風水オタクだったようで、江戸城の鬼門封じにこれでもかと寺社を配置していますよね。

現代の皇居(江戸城址)は、まわりを鉄の結界(山手線)で守られている、なんて説もありますね。

京都も江戸も風水都市ですが、仙台も負けていません。むしろ、もっとすぎょいことになっていきますので、お楽しみに♪

ちなみに、神社の鳥居も俗世と神域を分ける結界ですし、ひなまつりや節分などといった、現代にも脈々と続くイベントは、その原型は呪術(おまじない)からきています。

【陰陽師】

平安時代に活躍した有名な陰陽師に「安倍晴明」という人がいます(羽生結弦選手のSEIMEIですね)。

この方は側室をいっぱい持っていたので、その子孫も多いのですが、嫡流一族の末裔に「土御門家-つちみかどけ」がいます。朝廷に仕える公家ですが、代々陰陽道(ことに天文道)を家学としていたようです。

陰陽師の仕事は、

天文観測を行い、そこから暦や時間を作成し、その結果で吉凶を鑑定・占う。あるときは天文学者、ある時は科学者、そして占い師や医者のような役割までこなしていた。

超人ですね。国家公務員ですし、モテまくったのではないでしょうか。

 

江戸後期になると、仙台藩から名取春仲という天文学者が誕生しますが、この方は土御門家の神道と天文学を学んだそうです。

にゃんと!土御門家の当主が京都から仙台に降り、秋保で川遊びをした、伊達治家記録に残っているそうな!?

仙台の結界を張ったのは、土御門家の陰陽師か…呪術都市仙台の結界は今も生きているのか…

 

次回【六芒星の神社は軍事要塞も兼ねていた!伊達の忍者部隊】へつづく

イラストAC

引用:星の街仙台

参考:陰陽寮 土御門家