【七夕知識】宮城県民なら知っておきたい!仙台七夕まつりの歴史とあれこれ

歴史

どうもりんごちゃんです。

ふらりと立ち寄ったお店の短冊に『コロナが収束して皆んなが幸せに、過ごせますように』と書いてあって、ブンブンと首を振って頷きました。

さてさて、今年2021年は規模を縮小して8月に仙台七夕まつりを開催する運びとなったそうです〜〜!

 

以前、仙台の七夕まつりへ行った時は大雨が降って、七夕飾りにビニールが被せられていたから、今年こそは太陽の下の仙台七夕祭りを拝みたい!

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そもそも何で仙台で七夕まつりなんだろう。宮城県民のみんなは知ってるかなぁ?

ずんだ子ちゃん!良い着眼点!

七夕祭りはどうして、仙台で開催されているのでしょうか。全国的なものじゃないの?七夕ってそもそも何だっけ?という疑問が湧いてきませんか。

是非この記事を読んで七夕祭り通になってください~!

七夕とは?

よく語られる七夕物語は、中国に古くから伝わっている伝説です。

むかし、天の帝に織如(しょくじょ)という美しい娘がいました。技芸にすぐれていて、毎日、機を織って暮らしていました。そのうち、農耕に一生懸命な牽牛(けんぎゅう)と結婚しましたが、それからというもの織女は、あれほど熱心だった機織り(はたおり)をやめてしまったのです。

父の天帝(てんてい)は怒って、牽牛を織女から引き離し、銀河のかなたに追放。悲しみにくれる織女を見かねた帝は、年に一度、七月七日だけ逢うことをゆるしたのです。

以来、牽牛は七月七日が来ると、銀河を渡って織女に逢いに来ました。

<*参考文献:七夕物語/仙台七夕まつり

 

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七タが7月7日に行われるのは中国の影響のよるものと、夏から秋への移行期で秋の収穫を祈る時期にあたることなどからだそう!

日本では691年頃から行われてきているといわれていますが、全国の民間に馴染みだしたのは江戸時代頃で、女の子は手芸の上達を願い、男の子は手習いの上達を願い行われていたそう!

仙台の七夕まつり

全国的に年中行事化した江戸の七タも、1873年に政府の布告により五節句が廃止され、新暦の採用となり、七タが祝日ではなくなったために、全国的には七タは衰弱傾向になりました。

そんな状況でも仙台の七タは“七夕さん”と呼ばれ、寺子屋・学校・裁縫学校などで七タを“教育行事の一つ”として取り入れて、仙台の町中に七夕紙が売り出されるなど、家族そろって七タさんづくりをしていました。

 

仙台七夕まつりが有名に

仙台では紫華街の七タを観にくる人出にあわせて、中心部の商店などで連合大売出しを企画し、従来の七タにはなかった、『商店街の七夕』が登場。

関東大震災後の不景気を乗り切ろうと、1926年から色々なイベントを開催。試行錯誤を重ね、1932年「第5回全市七夕飾り付けコンクール」では、当時の仙台市の人口20万人に対し、七タの人出は15万人を超え、飾り付けの豪華さと規模の大きさは、全国に仙台七タの名を知らしめるまでになりました。

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15万人!すごい人だね!驚きだ~!

 

七夕祭りの中断と復活!

その後、太平洋戦争下、自粛の方向へ進み懸賞飾付競技会は中止。1939年には七タの飾り付けは全廃することになり、伝統の仙台七タは中断に、、

戦後に七夕が復興されたのは、1946年のこと。当時の新聞には「涙の出る程懐かしい十年ぶりの七夕祭」との見出しがあった位待ち望まれていました。

1947年は昭和天皇行幸を奉祝し、8月5日から7日までの3日間、繁華街から天皇一行の宿舎となった伊達家別邸まで、5千本の七タ飾りの華やかなトンネルを作り、この年から飾り付けの審査が再開され、仙台七夕は本腰を入れて復活!!

1953年からは、ミス七タコンテストをはじめ、書道、絵画、写真コンクール、七夕音頭、七夕踊り、動く七タや阿波踊り豪華なー大イベントの七夕祭りとなっていきました。

最近の仙台七夕まつり

市内で見事な七夕飾りが連なるのは、アーケードの下のショッピングストリートの中央通りと、これに交差する繁華街・一番町。

両メインストリートを合わせた約2キロの通りにくす玉を付けた高さ約5メートルから10メートルものまでの大きな飾りが商店街を彩ります。

商店や市民が3月〜4月頃からアイデアや工夫を凝らして作成され、大きいものなら一竿に40万円から百数十万円もするらしい!

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とっても豪華な飾りで、個性があってひとつひとつ見ていくのが楽しいよ!それはそれは圧巻の光景だよ〜!

 

仙台七夕まつりの七つ飾り

笹竹と和紙を基本に、飾りも少しずつ変化を遂げながら、仙台七夕独自の飾り付けとして「七つ飾り」があります。

 

*佐藤正実(風の時編集部):@kazenotoki

 

短冊

七タ飾りの基本とも言えるもので、梶の葉の習いから和歌や願いごとを書く。
赤・青・紫・黄・白の5色

吹き流し (吹き流し)

五色の糸で、機織りの上達を願う。願いの糸にかけた願い事は、3年のうちに必ず叶うとされる。

折り鶴

家内安全と延命長寿を願う。家族の最年長者の年の数だけ折られた。

投網 (とあみ)

海の幸の豊漁を願い、また海の恵みへの感謝をあらわす。

屑籠 (くずかご)

七夕飾り作りで出た紙屑を入れて、倹約し物を粗末にすることを戒めるため。

紙衣 (かみごろも)

和紙でつくった子供衣裳。裁縫技術の上達や子供の健やかな成長を願う。昔は実際に着せてから飾り、厄除けの形代として川に流した。

巾着

お財布のことで、お金に不自由しないように富を願う。

それぞれに、とても素敵な意味が込められているんだね〜

 

最後に一言

昔から沢山の宮城県民が努力して作り上げ、そして親しまれてきた仙台の七夕さん。今年は規模縮小でありながらも、開催出来ることに感謝して感染対策バッチリで見に行きたいですね〜!楽しみです!!

ちなみに、りんごちゃんの甥っ子の書いた七夕の願いはこちらでした〜笑

それでは、皆さんの願いが叶いますように〜★

 

*記事中の説明は参考文献をもとに作成しております。

参考文献

■仙台七夕浪漫(由来と七夕飾りの作り方)
著 菊地ひろ子、菊地節子

■仙台七夕祭り(七夕七彩)
著 近江 恵美子

■祭りを旅する(東北、北海道編)
発行人 西山哲太郎