これぞ仙台歴史ロマン★政宗公は天空の星を地上に降ろした!【宮城歴史浪漫シリーズvol.11】

歴史

こんにちわ、星の街のユーホーです。前記事(vol.10)の続きです。

四神の角度がそれぞれ90度では無くバラバラなのはなぜか…の件ですが、

 

中国では星座の座を「宿-しゅく」といいますが、天空の主な28宿を7宿づつ4つに振り分け、四神を配しました(下右図参照)。

星宿上では、実際にある星に名前を付けて四神の各神様に仕分けたため、全天を円として見た場合に角度が一定にならず、それぞれが下図の角度になったということです。

玄武98度、白虎80度、朱雀112度、青龍75度

中央には「天皇大帝」の星がありますが、徳川家康公が天帝となるべく日光東照宮に祀られたその星のことです。

仙台に配された四神の角度を見ると(下左図参照)、星宿図に一致!*星宿図では東西が逆になります。(天を仰ぐとき体は南を向く-プラネタリウムもそうですね)

つまり、政宗公は天空の星を地上に降ろした、ということになります。

(もっと詳しい説明は2016年発行の研究書「星の街仙台~伊達政宗が隠した無形の文化遺産」18~21ページ参照)

ちなみに私はふたご座なので南の朱雀に属します。

 

仙台城を「紫微宮」(中心)と見立て、天体の四神を地上に降ろすことは、かなり高度な知識と方法(測量)によります。

仙台藩から天文学者(名取春仲)が出たのは、江戸後期ですから政宗公の時代よりかなり後です。

四神配置は、中国の星宿図という高度な天文知識がなければできないことで、四神の本旨から逸脱しないで悟られずにずらすことが出来たのは、驚異的な頭脳がそこにあったということになります。

 

京都の大将軍八神社に、中国から伝わったという天文図の拓本があります。それによって学ぶことが出来た人物は、政宗公の師匠である虎哉(こさい)和尚や大有和尚(東昌寺初代住職)であると推測します。彼らは京都で修行していた経験があり、松島青龍山瑞巖円福禅寺は虎哉和尚の再建ですから。

 

参考:大将軍八神社

京都の西北に位置する方除けと星神を祀る神社。本堂の正面には六芒星のオブジェがある。

 

次回は【政宗公がどんだけ星好きか!】へつづく

これぞ仙台歴史ロマン★風水の四神-禽獣の神様にこの街は守られていた!?【宮城歴史浪漫シリーズvol.10】

2020年3月11日

引用:星の街仙台
この物語は、歴史的資料が一切存在しないため、星の街仙台プロジェクトが限りなく史実に基づき仮説と推理を重ねた、オリジナル創作物になります。シェアは大歓迎です♪