これぞ仙台歴史ロマン★仙台城跡の下にフリーメーソンの石がある!?【宮城歴史浪漫シリーズvol.09】

歴史

こんにちわ、都市伝説テラーのユーホーです。

昔から知る人ぞ知る、国際センターの近くにある、謎の石。

おぉっとぉ~ 秘密結社フリーメーソンのマークが刻まれていますね。

仙台城跡の下という立地から、六芒星とフリーメーソン、伊達政宗のフリーメーソン説など、まことしやかにささやかれましたが、違います(キッパリ)。

石の状態から、数百年経ってるようには見えません。加工技術しかり。

戦時中、二の丸跡(現東北大学川内キャンパス)は、米軍の施設として使用されていました。

 

ズバリ「フリーメーソンの仙台ロッジの名残でしょう」

戦後米軍の施設があった場所の印
-戦後、仙台城址は陸軍省から進駐軍に接収され、米軍が進駐しました。そのときに二の丸に残っていた藩主の庭園がつぶされ、ゴルフ練習場にされています。米軍の住宅地もありました。サンフランシスコ講和条約後に本丸跡、二の丸跡が国に返還されて東北大の敷地になり、本丸跡に護国神社が再建されています。米軍時代に仙台城址のあたりに仙台ロッジが建てられていました。その名残りと思われますーbyなとりのひと

 

グーグルのストリートビューで見てみると、草がボーボーで石が隠れているようです。

草刈りで姿を現したり、また隠れたりを繰り返し、都市伝説として語り継がれてきたのでしょうね。

持ち主不明で、邪魔になる場所でもないため、そのまま放置されていると思われます。

フリーメーソンネタをオフィシャルサイトに投稿した途端に(だいぶ前ですが)、アクセスが倍増しまして、いまだに閲覧数がTOPに君臨するほど、皆さんお好きなんですネェ^^

私も大好物ですが、残念ながらこの石は、政宗公の時代とは無縁と思われます。

この場所は交通量が激しく、横断歩道もありませんので大変危険です。なにか起きたら即撤去されるでしょう。

ここも仙台の歴史を語るに重要な史跡として、遠くから見守りませう。(ハーイ)

*左の青い車の進行方向、左手が城址への昇り口、まっすぐ行くと二の丸跡(川内キャンパス)です。

マークは表側だけで、左右と後ろはなにも無し。

ただ、この場所は城下の中でもレイ・ラインが交差するパワースポットになります。

その解説は近々…

 

次回は【風水の四神-禽獣の神様にこの街は守られていた!?】へつづく

出典:星の街仙台

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2020年2月19日

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