これぞ仙台歴史ロマン★青葉山は古代太陽信仰の聖地だ!【宮城歴史浪漫シリーズvol.07】

歴史

こんにちわ、星の街のヤタガラス ユーホーです。

仙台城跡のある青葉山の、ちょっとマニアックなネタを。(vol.5の千躰仏の記事と合わせてご覧ください)

 

城跡の後ろ側には、東北大学のキャンパスがありますが、縄文遺跡の上に建っているといってもいいのではないでしょうか。

縄文時代の人々の精神世界がそこにあって、数千年を経てもなお、千躰仏が祀られるという聖地であり、国分氏が城を建て、政宗公が一国の主となった場所です。

vol.5にも書きましたが、この場所から愛宕神社を結ぶラインは、冬至の日の出の方角と一致します。古代の太陽信仰の聖地、「龍穴」といえるでしょう。

龍穴(りゅうけつ)とは、陰陽道や古代道教、風水術における繁栄するとされている土地のことである。風水では大地の気が吹き上がる場所とされる。-wikipediaよりいわゆるパワースポットですね。

 

昔、冬至は、太陽が死んで生まれ変わる日とされ、1年の始まりでした。古代の人々は太陽を神として崇め、とくに二至二分(夏至冬至、春分秋分)の太陽は特別なものとして重要視されていました。

政宗公は慶長5年の12月24日に、仙台城本丸の地で、縄張り始めを行いました。この日を選んだのは、冬至を意識したのではないかと考えます。

青葉城跡から見ると、冬至の日の出は愛宕山と大年寺山の間から昇ってきます。政宗公の騎馬像のお顔は、偶然か必然か、みごとにその方角を見据えています。

そして青葉山と愛宕山の中間には経ヶ峯があり、政宗公自ら「ここに埋葬せよ」と遺言した場所です。

このライン上には横穴墓や古墳が集中することから、古代より輪廻転生を願う人々の思いが伝わってくるのです。

この詳しいお話もいずれまたいつか…

 

次回は【この街は風の通り道まで計算されていた!】へつづく

引用:星の街仙台

この物語は、歴史的資料が一切存在しないため、星の街仙台プロジェクトが限りなく史実に基づき仮説と推理を重ねた、オリジナル創作物になります。シェアは大歓迎です♪