これぞ仙台歴史ロマン★仙台の地名の由来となった千躰仏はここにある!【宮城歴史浪漫シリーズvol.05】

歴史

こんにちは、ユーホーです。(*連載のためvol.1から順番にご覧ください)

仙台の地名の由来となった「千躰仏-せんたいぶつ」のお話です。

 

【愛宕神社】

城下の南端に位置し、広瀬川を挟んだ愛宕山の上にあります。

対岸の米ケ袋土樋から見て向かい側にあることから「向山」と呼ぶようになったと伝えられています。

『星の街仙台』的に言わせていただければ、東昌寺(青葉神社)のある北山から見て向かい側という(創作的)解釈をお許し願います。

社殿は仙台城本丸から見て巽(たつみ)の方角に建てられました。

陰陽五行説では、北の水に対して南は火となり、火の神様「軻遇土神-かぐつちのかみ」を祀っています。参考:愛宕神社

 

愛宕神社の南側は茂ケ崎山との谷間に東西に延びた道路がありますが、そこは古からの街道で「東街道-あずまかいどう」と呼ばれていました。

ここも重要な監視ポイントで、城下防衛の南の要としての役割がありました。

表参道の石段は約220段あり(昔は300段あったそう)、実際に上ってみるとその高さを実感できます。

 

 

社殿の西側(裏手)には、千躰仏(せんたいぶつ)が祀られているお堂があります。そこの管理は愛宕山の麓にある虚空蔵尊大満寺です。

バスツアーを企画・ガイドしたときにご開帳いただき、実際にこの目で数を数えましたところ、千体以上ありました。

この千躰仏は、国分氏の時代にはすでに青葉山にあったということで、国分氏の城は「千躰城」といい、政宗公が城を建てることになったとき、千躰仏は一旦経ヶ峯(青葉城址の向かい側で瑞鳳殿のある場所)に移され、そのあと現在の愛宕山へ遷座されました。

千躰→千代→仙台へと地名の由来があります。

千躰仏が青葉山から遷座するとき、市内数か所のお寺に散逸したとのこと。どのお寺にも、今日まで大事に祀られています。

上の画像で、黒っぽい仏像は当時のまま、白っぽいものは、散逸した分が新たに作られたため、色にばらつきがあるのだそうです。

愛宕山から北山方面を望む

 

愛宕山付近には横穴墓や古墳が集中する

一昨年発見したことですが、青葉山(仙台城址)と愛宕山(愛宕神社)を結ぶライン(上図の黄色い線)は、冬至の日の出の方角に一致しました。これはレイ・ラインといって、古代の太陽信仰をベースにして置かれた聖地と思われます。

青葉山は縄文遺跡の宝庫、また愛宕山と大年寺山、またその周辺には横穴墓や古墳が集中しています。

さらにその先には、若林城跡(現宮城刑務所)があります。若林城跡以前は、国分氏が建てた小泉城でした(諸説あり)。その少し右上には遠見塚古墳。

このように、政宗公の開府以前から、この土地には「城下建設の土台」があったということがわかってきました。

この話は、いずれまたいつか…

 

次回は【青葉城址のマニアックなアングルを教えちゃおうかナ vol.06】につづく

 

出典:星の街仙台

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