前記事(vol.28)の続きです。
お寺は昔、山の中に建てられたので”山号”というものがあります。
古来より山は、神が宿る神聖な場所という”山岳信仰”と仏教が結びついたものです。(町なかに建てられた寺には山号は無い)
例えば、青龍山(山号)瑞巖円福禅寺(寺号)というように、先に山の名前が付きます。
ほとんどの寺は「○○山」ですが、五郎八姫の菩提寺である天麟院は、山ではなく「瑞雲峰」という山号がついています。
これは非常にめずらしいのだそうです。
前記事に書きましたが、五郎八姫が仲良くしていた瑞巌寺100世洞水和尚の開山で、開基が五郎八姫、洞水のあとを継いだのが、姫の隠し子といわれている黄河幽清和尚です。
幽清のことは、400年もの間、寺もだれも知らなかったことなのですが、伊達氏の研究では第一人者ともいわれる故・土生慶子氏の『伊達政宗娘 いろは姫』という研究書(絶版)に書かれていました。
土生先生は、長年にわたる個人研究調査において、伊達家の人間でも許可がなければ見ることができなかったという古文書を解読し、埋もれた史実を発掘されました。
【藩政時代は仙台城中にあって一般人は見ることができず、家臣利用の場合も親子兄弟に他言せず、写し書きもしないと起請文を書く必要があった】
天麟院は、瑞巌寺の並びの西側に位置していますが、五郎八姫のお霊屋はそこから石段を登った裏手の小高い丘の上に建っています。
生前、自分の霊廟は質素で良いと遺言したそうで、数年前までは目立たずひっそりとしておりましたが、震災後建替えられ1年以上かけて漆塗りが施され、現在は姫の命日である5月8日にご開帳されます。
幽清の名前は、お霊屋の西側奥にある歴代住職の墓前にある板碑(いたび)にあります。
ちなみに四世の燈外祖燈は、↓こちらの記事で紹介した大郷町の東光寺で、東日本大震災で散乱した倉庫から発見された十字のマークのあるお位牌の名前の人です。
五郎八姫は大変美しく、乗馬や煙草をたしなみ、弟の二代藩主忠宗にアドバイスをするほど聡明で芯の強さを持った女性だったそうです。
父・政宗を「五郎八姫が男子であれば」と嘆かせたほど、また「あまり政治に口を出さぬよう」という内容の五郎八姫へ宛てた手紙も残されています。
出典:星の街仙台
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